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July 07

初めて会った名刺頂戴さん

 今日品川駅で初めて新入社員研修の一環で名刺獲得キャンペーンやっているんですよーな人に会った。いや、僕も新入社員ですからそんなに慌てないで・・・と。
 
 で、一通りお決まりの約束(メールマガジンを送らないなど)をしてから名刺交換したのだけど、惜しいなぁ。名刺交換するんだったら、名刺入れを受け取る側の手に持っていなきゃ。強いて言うなら、あとは自分の所属をしっかり言う。もらった後、しっかり「頂戴しました」と言うのはいいと思う。
 
 でも、こっちから相手の会社に興味もってみたのだから、逆に聞いてみるとか、しないもんかなぁ。僕の場合、言い返してこないかなーって期待しててあえて聞いたのにあっさりスルー。ちょっとがっかり。
 まぁ、僕が若干傲慢かましてるだけか。
June 15

秋葉原の無差別殺人

 ん~、なんだかなー。結構加藤氏の境遇に同情して社会なんぞにごちゃごちゃ言うてる人が多いことにびっくりだ。
 
 なんで契約不履行だったら契約不履行だったらで自分を守るために動かないか不思議でならない。すぐ違う就労先を見つけようとすることも派遣元の責任の一つ。派遣元は派遣先との契約を途中で打ち切るなら、契約者は派遣元に早く次見つけろーとか1ヶ月前に言えーとか、すぐクビにするなら給料払えーとか言えたはず。最悪な状況になったら、労基署に言えばいい。僕も昔に頼ったが、ちゃんと対応はしてくれた。公の機関をもう少しだけでも信じて頼ったか?おまけにツナギがなくなっていたとか、たったのそれだけじゃないか。そんな今時のいじめっ子だって赤面するような手段するようないい大人がなんだってんだ。自分が何か悪い事していないなら、それらしく堂々してりゃーいいだろ。
 おまけに派遣というシステムにぐちぐち言うお馬鹿までいる始末。派遣といっても能力によって仕事がピンきりである。もっと稼ぎたいなら自分の能力を向上させればいいだけ。
 
 就活してたか?誰かと結びつきが欲しければ自分で動け。理解されようとしないなら理解もとめんな。勝手に切れて同情買おうとすんな。ちゃんとしろ。プライド持て。プライド持てないならプライドを持てる自分になればいい。クビになるんならそれまでの人材だっただけだ。だったら何か能力身につけろ。勉強しろ。自分の好きなことをするために自分で何をするべきか考えろ。甘い汁ばかり吸おうとすんな。努力なめんな。意地張れよ。
 
 おまけに社会出たら成果主義は基本中の基本らしいぞ。自分が成果出せているなら主張しろよ。
 勝手に切れて言い訳すんな。あほらしい。
 
 っと、まぁ本人及び同情している連中に言ってやりたいことは多々あるわけだが。全くもって彼らは何考えているかわからない。
April 11

引越し先で奮闘中

 ちわー。引っ越してネット環境がありませぬ。(ぁ
 就職した挨拶として・・・ゲフン。
 
 某似非ITコンサルのようにならないようがんばっていきます。とうぶんは研修ですがっ。
March 11

最近不安になること

 なんというか、主観を残しつつ、できるだけ客観的な思考回路を持とうとはしている。うん、これでも一応努力はしている。ただ、それが実際にそうできているかがどーも不安。

  僕の思考や意見の出し方ってのは「僕は〜という考えの持ち主です。」とまず言う。次に「何故ならこれこれこーいうわけだからです。」と出す。根拠に「何かの情報を基にして考察したもの」を出す。で、客観的な視点で情報を見る事ができたか、ってことなんよ。考察ってのはどうしても主観が入るからまぁ、諦めるしかない。「客観的に見る事ができるか」って、今更ながらに難しいものなのかもしれない、と思った。自分で「ちゃんと客観的に判断している」なんて言えんし。

 

  もう一件最近不安になったこと。先日書いた「下衆の勘ぐりエントリー」。結構読んでくれた方がいた。一応、喜ばしいことではある。どんな読者にしろ、「こういう意見がある」と知らせることだから。それをどう思うか、どう考察するかはその人次第だし、それはどうしようもない。ただ、「僕の意見ってどうしようもなく、これこそ下衆と取られたらどうしよう」という不安がある。いや、被害妄想とか言われてもわかっている。僕は自分の意見に責任もプライドも持っているつもり。訂正したら訂正したと言うし、訂正の裏に「何があった」、「どんな背景があった」という事は割とこだわる。要は被害妄想持ちとしては、この意見にどう評価がかかるのかってことになる。反論あれば反論聞きたいし、それで少し安心もできる。よく荒らし者に見られる「構ってちゃん」属性があるってことだろーなー。何か複雑。

March 06

下衆の勘ぐりここに極まる

 まず、これ読む前に言っておきたい。4つ言っておきたい。

 1つ、僕は基本的に暴言は嫌いだ。批判や批難は根拠がまともなら別に構わないと信じている。つまり、これから日記に書く事は個人的な暴言も含まれているかもしれないが別にこれが僕のスタイルではないという事を宣言したかった、ということ。

 2つ、僕はこれから日記でとりあげる場所以上に「文章を曲解され」、「下衆の勘ぐり」をされたことはなかった。いや、正確には同時にされることはなかった。正直、誰が読んでも不快になるだろうと思う。おまけに卑猥な言葉も多少飛んでいる。故に読むなら覚悟するべし。

 3つ、もし男女問わずコレを読んだとして、あなたがこれから取り上げるブログに書かれた事を信じてしまっている人を見つけたら、断固として否定してほしい。

 4つ、2番目にも書いたけど、不快になると思うので、引き返してウインドウ閉じるなら今。覚悟はよろしいでしょうか?

 

 さて、まず事の発端から説明しましょう。僕はナーランダファンさんという人が暴走している所をみかけた。自身のブログで勝手に他人を脳内妻扱いしてるし、肝心の相手はナーランダファンさんの考え方自体を拒否している。ナーランダファンさんは「'正義の暴走'ストップブログ」というところと「水葉」さんという人に賛同していると言う。が、これは本人らは拒否っているわけだ。だけど、もし本人らが「この暴走状態を知らないで読んだ他人から誤解されたら?」って事を僕は危惧したわけ。正義の暴走ストップブログでは堂々拒否宣言を表に出しているが水葉さんの所は出していなかった。故に教えに行き、「表明くらいはしたほうがいいんじゃなーい?」と提案しに行く事が目的だった。今考えてみれば、このおせっかいがそもそもの間違いだった。

 

http://ameblo.jp/aqualeafree/entry-10077060097.html#cbox

 

 さて、ここの桐島ってのは僕の事である。さすがにブログにコメントするならそのブログ内容に触れる事は礼儀だと考えているので、その事に触れた上でその後に用件を伝えた。そうしたら、こうなったわけです。

 

 さて、僕が下衆の勘ぐりと言った部分は以下だ。以下引用。

 「■見せしめの目的は〓 シッポナさん オンナコドモは出歩くな、ということでしょうか。 私は男性からこういう主張を聞くたびに「(強姦するような)強いオスに媚びへつらってるよ」と感じます。自分が加害者になった時に、仲間のオスたちにかばってもらえるように、いうことなんでしょうかね。美しき男同士の連帯。 おそらくは、自分の妻や恋人、あるいは娘が強姦された時、「俺の大事な女性をレイプしやがって!」と、加害者に怒りを向けるのがこわいのでしょう。なんせ相手は「強いオス」ですから。だから「お前に隙があったから」と被害者を責めるのでしょう。水葉 2008-03-05 10:01:11 」

 

 引用終了。

 正直言うと、この発言を僕に向けるのは滑稽でしかない。まぁ、それはどうでもいい。

 単純なむかつき具合で言えばどこぞかのJやらAに曲解されるよりむかついた。「こんな事おもっちゃいねええええよ!」と。少なくとも僕は一瞬たりともそんな事を考えた事は無い。まぁ、こんな事を考えている人がこの人だけならば、こんなブログを記事に日記書く事はなかった。

 

http://ameblo.jp/voodoo32kpci/entry-10077600866.html

 

 なんかもう、正直絶望した。絶望先生が毎週絶望する以上に絶望した。世界にこんな下衆の勘ぐりが存在するとは思わなかった。信じる人がいるとも思わなかった。あの場所へ書き込む事が禁じられた(コメント投稿を拒否られる)わけでもあるのでコメントできませんが、それ以上に何を言っても無駄だと思った。何故なら議論や話し合いより、自身の考えに基づいて相手を罵倒することを選んだ人だから。 だから僕はこれをせめてブログに書く事で、一人でもこれを否定する考えをもつ人のために、一人でも勘違いをしている人のために、おまけで自分の(愚痴の)ために書く事にしたわけだ。

 

 追伸、あの場所に書いた事は僕の本心でもある。親や教育者が、常に自分の目が届く所に子供を置く事は不可能だ。だから、それをしっかりしろと言いたいだけである。もちろん、猥褻行為をした米兵が一番悪い。男の恥さらしだ。心底そう思った。自分の持つ力を暴力にして他人をどうこうというものは最低極まりない。実際の暴力行為に反対する事は正直怖い。んな事は10年以上前、ガキの頃からわかってる。だけど、それにためらいはあるわけがない。

March 03

読売オンラインより

 まずは、このURL先を読んでほしい。読売オンライン。 'http://www.yomiuri.co.jp/net/interview/20070713nt11.htm?from=goo'  うん、これが正しい炎上防止のために読む記事じゃなかろーか。  何が正しい正しくないってのは、事実以外で言うもんじゃないんだろうね。「こうした方がいいんじゃなかろーか」みたいな物であれば誰かが食いついて、発展した考えや反対側の意見を言うかもしれない。この時の対応が命なのだろーなー。その対応をミスると炎上したり、最悪今後ネタにされたりするんじゃなかろーか。  是非、炎上云々で頭抱えている人や「炎上はどこぞかで組織されて着火される」なんて妄想持ちに読んでほしい。  しっかし、この人、自身のブログが炎上したのにこの意見はずいぶんとまともなもんだ。炎上1万人規模っていうとそうとうなもの。今のところの経験上、ひどく炎上したところの主は「何故炎上したか」をわからない、知ろうとしない傾向が多い。故にコメント封鎖や承認制に走る。で、注意する人がいなくなるからただただネタにされるほど「まともじゃなくなる」。まぁ、炎上するところの主でも、捨てたくなるような人間ばかりじゃないんだね。
February 29

大津の障害者殺人事件の判決

 傍観者でいた取り巻きの3人に判決が出ましたね。「通報、救護の義務は無い。よって無罪。」っと。まぁ、「通報、救護の義務の有無」という事に関する法をまだ読んでいないのでなんとも言えないが、これだけに特化した裁判であれば、この判決はたしかに「有り」かもしれない。ただし、あくまでそれに特化させれば、の話。

  ただね、ふと思ったんだ。これはいじめられっ子経験がないとわからないとおもうことがあるなーっと。精神的苦痛に関して。

 とか言う僕は情けないながらも、そのいじめられっ子経験者だったりする。まぁ、小中学校時代だがね。

 

  さて本題。「見ていた取り巻きに罪はないのか」ってことだが、当然「有る」と断言していい。

 リンチにかけられる前から話す事になるが、2人と5人、いちゃもんつけられてより恐怖を感じるのはどっちか?これは誰でも予想がつく選択だろう。「集団でこられて直接恐喝したのは1人、他数人には罪にならないのか?」ってこと。

 

  さて、いじめられっ子経験がないとわからないだろうなーって事。それはまさにいびられている時、「近くの人は何故止めてくれないのだろう」と孤立感と絶望感。(個人的な事になるが、僕としては、どちらかと言えば、全員完全な加害者であったほうが、まだ気は楽だった。個人的に「こいつら全員悪だ」とできたから。)ただ、その結果殺されたとあっちゃ、その無念は僕でも計り知れない。

 僕の場合も止める人はいなかったけど、自分が強くなるという選択をとることができた。(まぁ、そのかわり生意気とか言われて、いちゃもんつけられたけど)その選択肢がない人がこんな目にあったという事が僕にとっても無念極まりない。

 

  たださ、小中学校の道徳の授業で「いじめを見て見ぬ振りをする奴は同罪」とも習った・・・が、肝心の先生が見て見ぬ振りをしているわけではないが、何故か最終的に加害者側は悪くないとなってしまっていたという変な感じ。僕はそんなヘタレ先生を未だ軽蔑しているが、それは話に関係ないので置いておく。今となっては軽蔑はしていてもどうでもいい事だし。

 この見て見ぬ振りをする奴も同罪という教育、これ自体はされているという事がわかるが、それが功をなしていないと、いじめにおいて多々有る。これに関して何か法律作った方がいいんじゃないか、とも思う。だって、その場に大人が来たら絶対に加害者に「誰か来た」と告げて一緒に逃げるに決まっている。言わば見張り役と同義だ。

  さて、話を最初に戻すけど、何か罪はないのか?という事に関して、少なくとも「傷害、または殺人幇助」にならないのかなぁ、と思える。加害者側として傍観者はいたのだし、人数が多いということで加害者に精神的勢いをもたらした可能性も否定できない。「主観じゃないか」とか「仮定じゃないか」と言われるかもしれない。それは正しい。まさに正しい。だけど、実際ありえない話ではない。何より、呼び出した場所から連れて行った場所までずっといた事から「加害者側」にいたことは間違いないわけで、それで無罪はありえない。

February 19

正直、僕は黒木ルールが嫌いだ

 黒木ルールが嫌いだ。黒木ルールは「ルール」、つまりある規則というにはあまりにも醜いから。

  何が一番むかつくかってのは、「なお、例外的に、管理者自身が有益であると思ったときには、「匿名」の疑いがあっても、そのまま論争の続行を希望する場合があるかもしれません。」なんぞとたわけた事を書いているから。僕はどちらかと言えば内容至上主義者。ただし、ハンドルネームの固定くらいはする・・・というかしないと自分自身で気持ち悪いというか、すわりがわるい。

 ってことで、黒木ルールをあくまで僕がすっきりするように少し改正を考えてみる事にしました。


  黒木氏の匿名状態でする批判、反論の禁止ルール(改正版)

 ・匿名者による批判、反論を禁止する。匿名者であった場合、その発言を無き物と見なし、管理者はこれをすみやかに消す義務を負う。 ・匿名者の定義は以下とする。

   -インターネット上で、反論時と同じハンドルネームのままブログ、またはホームページなどを用いて自身の思想、嗜好、考え方を公開していない。

   -特に知られた人物ではない。

   -世間一般で人物特定ができる仮名ではない。この人物特定において、顔を知られている必要はない。つまり、漫画家のペンネームなどは匿名と見なされない。

 ・上記の匿名者の定義において、実名かどうかは全く関係ない。いわゆる「有名人」でなく、嗜好や思想を公開していなければ、全て匿名と見なす。

 ・特定の非匿名者が「上記にあげた特徴」をもつ匿名者を知っているからとして非匿名者にすることはありえない。

 ・匿名者の定義、第一項において上げた情報を持ちうる者は議論参加者ではなく、不特定多数でなければならなく、さらに誰しもがすぐ見つけうる場において公開しなければならない。

 ・インターネット上においてホームページやブログを持ち、そのハンドルネームを議論に用いても「匿名者の定義 第一項にあげた情報」を公開しない限り匿名者とみなす。

 ・匿名者に対して、管理者は例外なく処断をする義務を負い、これは議論参加者の総意に基づく。

 ・管理者は発言を消す能力を濫用してはならない。その力をもって執行されたものは全て議論参加者の多勢に了解を得たものである必要がある。

 ・匿名者の情報提供を認める。

 ・匿名者から出された情報であっても、非匿名者が提出した情報と差別してはいけない。

 ・情報は提出者が誰であろうとも、どのようなものであろうとも議論参加者らでよく吟味するべきものであり、これを打ち消す場合、打ち消す情報を必要とする。

 ・議論参加者および情報提供者を含む発言者の全ては最大限のモラルをもって発言する。

 ・発言が不適当であった場合、発言者は恥をもって責任をとるとする。


  こんなもんですか。公平性があるルールを目指してみました。欠点は「ある程度多勢に影響される」といった事と「最大限のモラル」の解釈あたりですか。 黒木ルールが匿名批判を禁止する事で荒れた場を無くそうとしたものだという事、間違えた者は恥をもって責任を負うべしという事の2点に関して、僕は高く評価をしています。

 ただ、絶対に「例外として、議論の良さから匿名による批判を認める場合がある」なんて事を認めてはいけない。これは「その匿名者とそれ以外の人で差別している」という事に他ならない。議論の良さから匿名を認める、というものは黒木ルールがダメとした内容至上主義の内容至上主義たる点に他ならない上に、「ルールの意味」がなくなるからです。なんのために「匿名を禁じた?」ということです。目的のためにルールという手段を選ばないなら、最初からルールなんてものはいらないのではないでしょうか。そういった意味では「モラルある限り」という条件で内容至上主義は無法とも言えるんじゃないかなぁ、とも思えます。

  「ルールは何をもって人を差別するか」は非常に大事なものであります。例えば、僕のようなタイプの内容至上主義者は意見や反論の内容で差別します。(違ったタイプの内容至上主義者もいるかもしれません。そのような人は何をもって差別するのだろう。)つまり論理性、合理性、そして現実性。だから面白い意見があれば特に食いつくわけですが。かわりに「なりすまし投稿という危険の排除」、「意見の意味を唱えた者は意見を言ったその人か」などの確実性を欠かすかわりに黒木ルールは補っているわけですが。 内容至上主義の欠点は、「抑止力が無い」こともそうでしょうね。ただただ「モラルからはずれた発言は削除」ですし。オリジナルの黒木ルールの欠点は「公平性がルールから読み取れない」ということ。「だから」ルールと言うには醜い、と言ったわけです。

 

  ところで、ふと、このように考察して思ったのですが、上の論理性、合理性、現実性以外に、案外「モラル」という点に重心をおいているかもしれません。管理者としてのモラル、反論者としてのモラル、情報提供でのモラルなどなど。もしくは論理性、合理性、現実性はこれらはモラルから出発しているのかもしれない、と。まぁ、どうなんでしょ?

 

 ちなみに、この改正黒木ルール、ここじゃ基本、使いません。あくまで「僕が書き換えるとしたらー」みたいなものです。

 一部語弊修正(2/22)

February 04

死刑廃止に賛成or反対

 さて、ここ最近ごくごく一部においてナーランダファンという人権侵害者(主に被害者の人権)が暴れ回っているんですよねぇ。で、意見の内容が合致していないのに賛成派を味方と思う。正直、廃止賛成派にとってただの面汚しでしかない。見かけた方はお気をつけてください。人の話を聞かずに罵倒してきますので。

 

  さて、それ繋がりでちょっと考えたり調べたりするうちにアムネスティの「死刑廃止に関する質問と回答」という所につきました。それに関してちょっと考察してみましょう。

「質問1.極端な極悪人が何故命を助けられなければ行けないのか。(文章はかなり省略しています)」

この答えが

「回答1.処刑を担当する刑務官や誤判を考えたらこんな恐ろしい刑罰はあってはならないため。さらに、殺されたからといって加害者を殺す権利が私たちにあるのでしょうか。死刑は理性的な刑罰ではない。」 

だいたいこの3文に集約できるでしょう。

 

  さて、ここで突っ込み。1番目があるからこその「疑わしきは罰せず」じゃないのでしょうか。「確定しきっていないのに罰することはあってはならない。」って、これ日本国の司法において当然じゃないのかと。つまり、誤判の可能性から死刑の危険性に直結させる前に裁判官に突っ込みをいれるべきだろう。そのための「公の裁判」じゃないのか。

 刑務官に関しては死刑があるならば必要、ただそれだけ。刑務官が悪い思いしようがしまいが、「その職になる者がその職になったという責任はその者にしかない」。職業選択の自由ってモノは、自由だからこそ責任の所在は自分であるってことでしょう?

 2文目、殺す権利が私たちにあるかないか。そもそも権利なんつうものは「人間が勝手に決めたもの」ですし、法で認められれば「その権利がある」ってことでしょう?故にそれを相手に問うことも自分らで決める事も不毛でしかない。

 3文目、愚問。刑罰は全て理性的である。もう少し言うならば「理性的な暴力」。そういう意味で言うならば警察が犯人捕まえる手段と同じような属性かと。暴力は「ごくごく一部の人がごくごく限られた条件で使える」。それ故の理性的な暴力。もし非暴力を訴えるならそもそも警察なんて機能しないわけで。僕が理性的と断じた理由は、「条件が拘束されているから」である。それ以外の条件下で行ったらダメ。これを理性的と言わず何をもって理性的という。

 

  「質問2.再犯の可能性はどうする?抑止力にならないのか?被害者の仇討ち抑制にもなるのでは?」

 この3つ。

 「回答2.再犯防止には閉じ込めておくだけでことたりる。犯罪の抑止力にならない。死刑廃止になった国で仇討ちが横行していないでしょう?」

 回答はこの3文に集約できる。

 

  さて再び突っ込み。1文目、閉じ込めておく間の囚人を世話するためのお金は税金でまかなわれていますが、つまり終身刑ってお金かかるんじゃないので?少なくとも僕は払った税金で囚人があまりにも長々と世話されているってことは嫌ですね。えぇ、感情論ですがね。 2文目、犯罪の抑止力になる。証明は絶対にとは言わないが、信憑性がある、というレベルで証明はできる。「その質問をしてきた相手がそもそも死刑に恐れをもっていなければこのような質問はしないし、思いつかない。」という事である。少なくとも僕は恐れをもっていますが何か? 3文目、これはそのまんまでいいかな。仇討ちが横行しているわけじゃない。何故なら終身刑があるからじゃなかろうか。刑務所に入ってまで仇討ちしようなんていうツワモノ、いるのかなぁ。

 

 「質問3.被害者の無念を考えたら「有り」じゃないのか。」

 この一文に集約。

 「回答3.感情的な復讐をそのまま体現した制度を構築していいのか。さらにどこからどの辺までが凶悪事件なのか。犯罪被害者の権利に関して、法整備が進んでいないからそのような質問が生まれるのです。さらに刑務官は殺人をやらさr(既に出ているので以下省略)」

 

  さて、突っ込みりたーんず。 1文目、それを言ったら刑罰全てそうじゃないか。それは言いだしたら全てが終わりでしょうが。

 2文目、凶悪事件ってのは相対的な基準ですし、法でも決まっているわけではない。それぞれに何をやらかしたかで分類分けが淡々とされているのみ。故にこの突っ込みは明らかにいらないだろう、と小一時間言いたい。

 3文目、いや、これはごもっとも。諸手をあげて賛成。ただ、ちょっと今まで思いつかなかったことだけに具体案を僕は出せない。国にそれを急かすあなたの具体案は?

 4文目、職業選択の自由とその責任。

 正直なところ、突っ込みをいれた部分に関して、この人ら本当に考えてもの言っているのかと言いたい。

 

  問題点は「誤判」、「残虐性」の2点だけだと僕は考える。まぁ、前者はこれからも、裁判というものがある限り、その精度をあげるために議論する価値がある。後者はというと、僕は残虐とは思ってはいない。その根拠は何か、「それほど苦しまないらしい」からだ。又聞きでしかないですがね。それが正解ならば、むしろ、死刑囚に対しての最大の譲歩であると考える。 また、「命を奪う」ってほどの行為で責任をとらなければならないならば、それに匹敵する行為をした者は何で責任をとるというのだ?本人の責任でしかないし、法律という形で既に日本にいる全ての人は「警告」はされているわけだ。だからこそ、残虐性を議論する価値はないと思う。死刑になりたくなければ、それに匹敵するだけの犯罪をしなければいい、それだけじゃないか。簡単だろう?

  よく廃止賛成派の方は「殺人、つまり死刑は最大の人権侵害だ」と言う。つまり、命というものに価値を見いだしているわけだ。僕はこれに関しては反対しないし、できない。ただし、殺人によって奪われた命は死刑にならない者の命より価値はないのか、という問題ができる。もちろん、一概には言えない。情状酌量の余地で死刑にならない事もあるし。「それがない場合」の事を話している。「こんな前提に何の意味がある?」とよく言われるが、では、「明確に死刑になる者の前提を答えろ」と言い返さなければいけない。もちろん、結果で言えば不毛な話になるので割愛する。「終身刑を、社会保障や高齢化が叫ばれているのに予算かつかつで実行できるほどの予算があるのか?」という現実的な問題もある。9条教はここに防衛費削ればいいじゃなーいと言ってくるが別問題なので割愛。(一応一言だけ、理系人間にそれを問う事自体がそもそも間違いだとは思うが)

  僕の立場をここまで引っ張って言ってみる。現在の日本において死刑は廃止できない。故に廃止は反対。個人的にはこの考察が少し面白かった。ただ、どうしても感情論が反対にしろ賛成にしろどこかに入る。これがこの問題をややこしくしているのだと考える。以上。

January 29

ばっくあっぷ通

 こんばんは。
 なるほど、議論も話し合いも何も、全て、最初から何もする気がなく、人の言葉を受け止めず、自分の天下に酔いしれていただけと。でなければ、良識を謳いつつも、話をしている相手を平気な顔して罵るわけがない。Jitohさんは、また、あの時と同じように、ただただ自分が絶対であり、他人は全て過ちを犯している者と断定しているわけだ。そして、自分は絶対に間違えない、と。
 そのどこが形として批判ではない?貴殿が発した人へかけた言葉のどこが誹謗中傷ではない?さて、それを踏まえたうえで感情に任せている方はどちらでしょうか?ご自分でゆっくり考察してみてはいかがかな?
 言葉を、誰も武器として使っていませんが、その言にあわせてあげるとしたら、貴殿は自爆しているだけ。9月の件から何度も僕は警告しましたよ?自爆はするな、と。
 それと、貴殿の言を再び使わせていただきますが、言葉を以って正面から対峙した相手に対して何も言わず実力行使。そして独りで裁くと書いて文字通り独裁。全く、いいテロリズムと絶対政治です。
 さて、自分で言ったように意見をたがえている相手の批判のみで終わらす事は良しとしないので本題として突っ込ませていただく。
 Jitohさん、貴殿は最初と最後で「批判」というモノのとらえ方が全く異なっている。後の方を優先して結論を考えてみたのですが、消された事、何も触れない事から推察するに、お気に召さないと?
 よろしい。それでは前者から貴殿の考えに関して考察します。つまり批判は「悪」であるという事から。それでは、「自分の良識で行動する貴殿は、何故コンサルタントをしている?」
 僕としましては、貴殿がこの質問の意味と真意がわからなければ、わからないで、それで別に構いません。わからないならば、わからないと表明だけはしていただきたい。
 追伸、「言葉」をあまり冒涜するものではありませんよ。
January 22

バックアップ

 まぁ、「批判する事の是非」がお題のような某ブログエントリーがありまして、少しの間見ていただけだったのですが、ちょっと我慢できなくなったので書き込ませていただきました。問答無用で消されることもありうるので発言のバックアップでもとっておこうかと。
 こんばんは。一応、自己紹介は必要ですかな?
 まぁ、それは置いておきまして、この件に口出さない事もちょっと我慢できなくなったので、少々失礼します。
 とりあえずROMerさん、「どちらも」それぞれの考えを認めていません。僕も人の事はそれほど言えませんがね。
 さて、僕はこの場合、aza○ikoさん側の考え方を肯定します。当事者らはその点に関してのみ、よくご存知であると思われますが、その点は置いておきまして、本題に入りましょうか。
 さて、批判に関して、『突き詰めて言えば「批判はしない」事は無理であること』はさすがにJit○hさんでもおわかりであろうと考えます。「極力しない」とおっしゃっている事からそれが予想されます。故に突き詰めた部分は省略します。
 たしかに批判というものそれ自体が、対応する者がしている「言動」、「行動」、「考え」の否定または方向の転換を促すモノに他ならないでしょう。しかし、人間はROMerさんが言うように人それぞれの考えがあるからこそ摩擦がある代わりに、さらにより効率的な考え、より道徳的な考え、より論理的な考えという、ものが考えられるのです。それは複数の人間による云わば「考えの個人差」と言えるモノによって磨かれます。これは特に物理化学分野から政治、経済にまで、よくあることでしょう。
 さて、僕が言いたいことは主にa○amikoさんが言っている中にあるので、上記はその部分を自己流に、一例を交えて話しました。
 書き方から「みんながやっているから良い」とも読めなくはありませんが、逆であること、つまり「その方法が有効であるからこそよく使われる」事をまず申します。簡単な方法であるとおっしゃられておりますが、それはよく練られた対案あってこそという点をお忘れなく。
 さて、僕の考えは以上ですが、最大の疑問、つまり、J○tohさんは「批判」ではなく、何をもって他者と共により良い考えを生み出そうとするのですか?
 方法論を論じて明確に反対側の意見を否定する以上、具体的な「他者とのやり取りに何を用いるか」の提示ができると考えられますが、どのようなものでしょう?
 さて、最後に一言。今回もべつだん、荒らすために書き込んでいる分けではありませんので。結局は「何が」、「何を」、「どんな」という相手の考えのみに集約されている事をお伝え申し上げます。
 
以上。人のHNは一部伏字ですよっと。
January 17

すまないが

 うん、すまないが、書いたことは本音でも釣りなんだ。申し訳ない。
 まぁ、まず落ち着いて深呼吸してから答えるか否か考えて、答えるならばしっかり答えて欲しい。期待はしていますよ。
 
 
 
   と、まぁ、後釣りはちょっとアレなので書いてみた。この記事行きURLがそれほど踏まれない事を祈る。
January 16

ここに書く初めての日記

 めっちゃ放置ですな、ここ。
 
 さて、ここ最近、なーんかコンピューターに計算やらせている暇な時間に調べごとしたり、某観察対象な人の発言追ってみたり(まぁ、あまりいい趣味ではないとは自覚していますがね。いわゆるヲチってやつですか。)、まぁ色々していますが、今回あげてみることは原発に関しての記事に書かれる代替案への突っ込み。
 
 原発を作る事も、後処理の仮定にも化石燃料の力を使っているという突っ込みがあった所って、まぁ、よう考えるなぁ・・・とは思いましたけど。ちなみに、肯定的な意味です。各国がその分野から撤退をしはじめているという事も、事実。あと、例え高速増殖炉が実装できるようになっても資源が限られている事も事実(エネルギー的な寿命はたしかにかなり延びますが)。
 
 さて、あるところにはこう書かれていました。原発の開発が未だ続いている理由とは日本の核保有のためじゃないか・・・と。とりあえず、可能性をどうこう言っても仕方ないが、それは根拠なしでとなえるにしては論理的に無理がある持っていき方ではなかろうか。
 
 
 事故が起きれば、多大な被害が出るのではという考え、これも可能性で言えば確かに正しい。そのかわり、その危険性もあるからこそ厳重な防御がある。
 ちなみに、この防御というもの、詳しくは知らない事をまずもって言っておきますが、システム的、まぁ、コンピューター制御のものと、機械的、つまり物理的なものがあると聞きます。簡単に言ってしまえば、システムが故障、またはエラーを起こしても大事にはならないようにする、といった二重の防御ということ。事故が起きた場合の保険ともいえる。事故が起きても周囲に大きな被害がでないことは、このおかげという事もあるでしょう。
 ただし、それでも大事故にならない可能性は0ではない。これから建てられる原発の、「事故は起きても大事故にならないシステム」の説明を是非聞いてみたいものだ。
 
 
 おそらく、肝心な論点は廃棄物ではないかと僕は考えています。どのようなコーティングをしたら放射線(コーティングしただけで一番有害であると考えられるα線は防げるのでは・・・)をなるべく減らす事ができるのか、また、地中に埋めたとして、「どの程度もれてくるのか」ということでもありますし(少し深く埋めるだけでβ線は防げるのではないかと予想)、超自然である物質を埋める事がどれだけ環境に影響を及ぼすか、という事もある。有害ではあるが放射線の中では有害度が比較的低いが透過性が高いγ線の正しい知識とデータがこの議論を発展させると考えられます。
 ちなみにα線はヘリウム原子核、β線は電子、γ線は電磁波に部類し、故に粒子の大きさ、反応性で防ぎやすさ、つまり透過性が異なります。
 
 さて、さらに自然エネルギー開発にもっと着手しろ、との代替案。僕はこれに全力で反論したい。自然エネルギーにしろ環境保護団体から反対がくる、と。例えば風力、鳥がぶつかって死ぬから、と。例えば水力、ダム建設に反対、と。例えば地熱、景観を乱すから、と。あまり聞かないものが波力と太陽光。前者は地熱ほどではないにしろ場所を選ぶ必要がある。太陽光は日の当たる場所をかなりの広範囲必要とするが、どうやって確保する気だ?ぶっちゃけ、これほとんど地元ネタ。どうあっても、それそのものが超自然な事である発電には何かしら切り捨てなければいけない事が伴うらしい。故に、安易に自然エネルギーを代替案にしてほしくない。代替案として用いるなら、問題視されている部分を補正してから出して欲しい。僕も問題点対処に興味がある。
(やや泣きそうだったことではありますが、ちょっと遠出した時に、所謂「環境保護団体」みたいなものが署名活動をしていまして、「じゃあ、どうすることがいいと考えますか?」と聞いたところ、自然エネルギーを持ち出してきたので、問題点を並べてみたら逆切れされてしまった。こういうただ唱えるだけの似非環境保護団体は嫌いだ。)
 
 僕ははっきり言ってしまえば原発はないにこしたことはないが、現在においては必要、だという中途半端な立場をとる。原発バンザイでもなければ原発は絶対反対というわけでもない。ただ、「現在手持ちの札で、新しい札が手に入るまでなんとかしよう」という悪く言ってしまえば行き当たりばったりに近い事である。なんとか良くしようと、技術者や科学者が毎日頭をひねっている事実を無視すんな、という事でもある。餅は餅屋。人間は問題が目の前にあるってのに取り組まないほど馬鹿ではないはず。
October 14

平和党の方への反論

 おはようございます。文字制限がちょっときついので、「ここ」に首突っ込ませてもらいました方をご招待しようかなぁ・・・と考えております。まぁ、あちら側がどこに意見を載せるかにもよりますが。でもWindowsLiveSpaceって使いにくくもあるんですよねぇ・・・何より重いし。
 まぁ、さて今度こそまともな議論になることを祈る対象もいませんが、祈って・・・。
 
 回答1に関して、僕は「短期間で」という条件をつけました。それは貴殿の対抗者、つまり安部政権に対する批判が短期間で成果を出せというものであるため、明らかに不公平であると考えたためであります。安部政権が「あたかも短期間でできるかのように言っていた」とおっしゃるならば、申し訳ありませんが、そのように読めた発言が載せてある情報サイトを提示していただけますか?当時の僕にはそう読めなかったもので、すみません。故に対抗者が証明しようと動いて、これが長時間かかるものであったとするならば、同じように少し長い期間を設けてから判断すべき・・・と申し上げたわけでありました。もちろん、貴殿の意見は意見で、長期間で見ても意味は無いという根拠はあるのでしょうが、対抗者にも対抗者の意味があるとするだけの根拠があるため、という理由もございます。一応、僕は自民党信望者ではございません。

 回答2に関して、一部納得いきました。確かに保管料という考えがありましたね。もし、その手数料が現在より高額になった場合は、明らかに反対されますがいかがでしょう?また、銀行が運営できているシステムの一つに、「預けられたお金を利益を生みそうな会社に貸し、利子をつけることで利益をとる」というものもございますが、これも否定しますか?すると、貴殿が上げた保管の手数料が高額になると容易に結び付けられます。すると、預ける人が明らかに減るでしょう。さらに、この論は問5に関係してきます。
 さて、そうでなくとも、利率をマイナスにすることで何かしらの手数料が発生し、さらに銀行の利益をあげるシステムを一つ潰す事になり、さらに長期間預ける事で損をするシステムである以上「銀行というシステムを否定するのでしょうか」と貴殿に申し上げております。間違いなく政府がマイナス利子を決定しなければマイナスにはなりませんし、淘汰されていない事が現状です。ところで、現在、資本主義は淘汰されていませんし、自然経済主義はあるキーワードで検索かけてここを見つけなければ僕は知りませんでしたが、どうしてでしょう?
 ところで、スイスのWIR銀行は何故その制度をやめたのですか?
 
 回答3に関して、「過敏に反応する必要はない」という部分はある意味全面的に賛成できます。ただ、2段落目1行目の「政府」とは、日中に例えた場合、どちらでしょう?あと、政府ではなく、民間レベルで気にする人は大勢いるでしょう。この場合に関して、政府は動く必要はないということでしょうか?
 
 回答4に関して、どうしても納得ができません。国の受注はダメとおっしゃっていて、さらに警察組織等は国庫から相当な力を借りているとおっしゃいますが、余剰金のできない地域はどのように警察組織等を持つのでしょう?大した規模の警察組織をもてなかった地域で治安が悪化する可能性はどのようにお考えで?
 
 回答5に関して、全く納得いきません。投資家が望むことは利益。ただし、企業にとって利益はれっきとした技術と製品によって生まれることは当たり前でしょう。ただし、短期間である致命的理由は経済体制いかんではなく、別にあると考えられます。その件は一番納得いかなかった部分ですので、強調する意味も含めて後に書きます。
 さて、単に古代エジプトを良い例に出す事はできないと考えます。何故なら社会制度からして日本とは違うためです。例えば王政と民主政治、奴隷制の有無、資源量の有無、宗教のもつ意味、極めつけが世界との繋がりと、技術における水準でしょう。お金の使われ方が違う事は当然、当たり前でしょうし、うまくいく部分といかない部分が現在と等号で結ばれるとはどうしても考えられません。例えば、クフ王のピラミッドはかなり難しいバランスで建てられているらしいですね。ですが、ピラミッドを作る必要がなければその力学的なバランスは存在したでしょうか?まぁ、歴史に「if」を問いかけることは不毛ですが、技術というものは得てして、偶然見つけたか、必要であるから見つけられたかに限ると考えます。特に後者においては絶対的なまでに多いでしょう。以上の理由から現在の社会制度、技術水準でありつつ、さらに自然経済主義の国は存在するならば具体例をお願いします。もし、自然経済主義がきちんとした形で現在もなお生きていなければ「資本主義は淘汰される」と貴殿の論からしまして証明に値せず、さらに古代エジプトが相手では「何故」の研究をしようがありません。
 これはあくまでついでにですが、古代エジプトの技術水準の高さは僕も人並み程度であれば知っています。ただし、その分野によっては役に立つものと立たないもの、材料に関しても使うものと使わないものとで、現在と全くあいません。大きなお墓を作っただけの高レベル石造建築技術、つまり力学的なバランスとりが致命的なまでに現在に必要とされていますか?ほぼ完全な黄金比を必要とされていますか?彼の時代に内燃機関は存在しましたか?つまり、技術云々を比べることと、それを経済に結びつけて考える事は不毛なだけではないでしょうか?。
 
 さて、最も僕が納得いかない部分でございますが、貴殿は研究というものをご存知でしょうか?どのような経済体系にしようとも、「失敗はできるだけ少なく」は当然です。誰であろうとどんな経済体系であろうと失敗をしてしまえば損失は存在するのですから。そのためにシミュレートと設計なる行為がございます。これによって、無意味な失敗はかなり削減されていると確信できます。むしろしないで研究なんて愚の骨頂です。つまり、この部分、つまり失敗しないための努力云々は経済如何の問題が入る余地は1ナノメートルもございません。
 さらに、製品開発に関して、現在、製品の精度と環境問題に関して考えていない企業なんぞほとんどございません。でなければISO規格は存在する意味がありませんし、どの企業もこぞって取ろうとは考えません。さらにさらに低コストで短期間という事に関してですが、低コストは儲けを大きくするため、企業としては当たり前でしょう。さて、何故、どこも短期間にこだわっているとお考えですかな?対抗社の存在と、技術レベルが上がっていく速さ、極めつけは特許出願のはやさ。これらになるべく遅れをとらないためであります。何せ「自分が研究していることは必ずどこかで研究されている」と言われるご時勢です。故に短期で研究を完成させる必要ができ、技術社会において「長期で」と言っていられる現状は世界レベルで存在しません。
 おまけに次々と入る自社の利益を開発にもまわすことは当たり前です。(これの「しなかったために痛い目を見た」事の具体例がソニーのブラウン管でしょう)おまけのおまけで社員、または社会に還元している企業もあります。故に、これらの部分に自然経済体系が入ることで改善される余地は1ピコメートルもございません。(ちなみに、僕が質問していたことは会社が投資することではなく、現在、ほぼ最大の投資者と言えなくも無い銀行が投資できなくなるシステムが自然経済主義の掲げるシステムであることです。だからこそ反論しています。ただし、銀行の投資とは投資した分はあくまで「貸し」であることであり、自身の会社が自社に投資することとは意味が異なります。)
 失敗の場数ですが、これは社員教育及びきっちりした経験、シミュレートの精度向上で減らすしかないでしょう。失敗してもいいから経験を積みなさい~な理由で研究させる企業はたとえ自然経済体系になっても一つもないと断言します。何故なら自社損失の可能性はなるべく潰すべきで、成功させることが第一であることは当たり前だからです。でなければ企業は企業足りえません。貴殿のおっしゃるものは学校です。
 このような競争社会は、非現実的ですが世界レベルで全ての企業が統一されない限りなくなることはないでしょう。
 さらにさらにさらに、どの製品も単一の技術で成り立つものはほぼございません。それと同じように技術はほとんどのモノが何かの技術を用いて成功に導いているものです。(でなければ技術や知識を人類社会次の世代へと相続させていく特許の一面を否定していることになる)故に細切れに見える事は当然ですし、でなければ「応用」という言葉の存在はございません。「天才が突然生まれて、突然誰にもわからない技術を生み出し続ける」という条件でないと、ある程度のスパンで技術発展が細切れにならないように進歩することはありえません。このような事は歴史上、数学に関してインドでありましたが、当てにするに値しません。つまり、貴殿の発言最後の段落は全くの絵空事と断言します。故にこの部分にも自然経済主義が入って改善となる余地は1フェムトメートルも存在しません。

 以上により、回答1と回答4、回答5に関して、再度提示した質問のご回答をうかがいたいと考えております。
 特に回答5は自然経済主義があろうとなかろうと何も変わりません。銀行の件がある以上、逆に不利益と考えますが、僕の反論に反論をお願いします。ついでに、これらは僕が学校で習い、就職活動をした上で身についた考えがほとんどであります。
October 13

平和党って?

 こんにちは。
 あるキーワードで検索かけたら平和党という政党を見つけ、その神奈川県総支部連合会なるブログを見てきました。政党だけに、ちゃんと議論してくれるだろうか・・・。まぁ、いくつか質問があって、投稿しようとしたのですが・・・文字制限。仮にも政策に関して「国民と議論していく必要がある」という文章を載せるのに何このめっちゃ少ない文字制限。まぁ、仕様上しょうがないでしょうが。orz
 質問1つするごとに送信しなければいけないようです。おまけに質問3つしたところで、「システムの混雑、またはエラーが発生しております。」とのこと・・・。まじっすか。ちなみに5つありますが。
 
 以下、送ろうとした文章。
 
 こんにちは。はじめまして。A.Kirishimaと申します。
 いくつか質問がありコメントさせていただきます。
 質問の前にまず、貴殿が「近年、人間の質が変わってきている」といった意見を持つ事に関して、僕も全面的に肯定の意を宣言します。
 まず、質問1、教育基本法改正に関して、貴殿はまず、教育に関して何を変えるべきだとお考えですか?
 この件で、貴殿の意見に関して短期間で変わる意見以外却下いたします。何故なら、貴殿は安部政権云々言う以上、この短期間で何かが変わる事を望んでいらっしゃるためであります。
 僕の意見は「まずは制度、つまりは形から」という意見を持つために、この件に関して安部政権が行おうとした事に賛成です。さらに、「社会問題、人間問題に特効薬なんぞない」と考えるため、結果として現在を見るにはまだ早い・・・と考えます。
 故に、この点で貴殿とは反対の立場であると言える為に、最初に書かせていただいた上記の質問をさせていただきました。

 質問その2、自然経済主義は「利子をマイナスと考える事から」銀行業を完全否定しますが、それに対して起こりうる社会的ダメージにどう対処したらよいと考えますか?
 そもそも、僕は自然経済主義を2/3ほど否定する考えのためにこの件に関して是非、貴殿のお考えを拝借したいと考えております。完全否定ではない、という事に関して、「こういう考え方もあるのか」と、ある意味意表を突かれた部分もあったために、その効果を完全否定できないためであります。
 さらに、借金も少なっていく。明らかにこれは貸す者の不利益です。故に半分以上が反対の理由であります。

 質問その3、戦後レジュームの脱却に関して、未だあの戦争に関して騒ぎ続ける他国がある以上、どうする事が望ましいとお考えですか?
 戦後レジュームに関しましては、日本だけの問題ではないため、ある程度はっきりさせた方がいい、これが僕の考え方です。これの議論をする事自体を否定するように僕に読めましたが、これは正解ですか?正解でしたら、これがこの質問に関して、貴殿の答えになりますが。

 質問その4、警察や消防を民間でやっていた事は江戸時代、またはそれ以前くらいだと記憶していますが、それは公が民間に受注しているものと同じであります。故に、民間にしてしまうと天下りの可能性を否定できなくなるあたり、あまり判断とは言えないと僕は考えますが(もっと致命的な問題もございますが)、新しく起ると予想される問題に関して、どうお考えですか?
 質問その5、資本主義は「投資する場所を投資家が選ぶ必要があるが故に、投資される場所が競う必要ができる。これが技術的発展を促す」という側面(この論に関して、見るべき部分は経済に関してではないために側面である)があります。自然経済主義は先ほどもあげましたが、利子をマイナスと見るため、最も大きい投資者と考えられる銀行を否定する考えでもあります。故に技術発展が妨げられる可能性がありますが、その点はどのようにお考えでしょう?
 以上、この5つの質問にお答えしていただければ幸いです。
 
October 05

沖縄教科書問題に関して

 こんにちは。
 
 ようやっと個人的に集めた(と言っても、合計で2時間ほどですが)情報を元に仮説を立てて纏めてみました。
 
 さて、この件で争点は軍が強制したか否か。一目単純であるが、経緯がぶわーーーとあって、その結果がこれに行き着いているらしいため、それ以上に複雑らしい。
 故に、僕はその点に特化させて考えを纏めた次第であり、僕の立場は「証明ができないために」どちらに着くこともできない事を表明します。ただし、僕は「反対派はお金が受け取れなくなるから反対している」と言う者にはどちらかと言えば反論を唱えるでしょう。所詮、僕らは部外者にしかなれませんから、実際はどうであろうと、体験していない僕らに、何か言う資格は無いと考えるためであります。つまり、そこは考慮外です。
 
 さて、登場人物は
 赤松隊長、皆本中隊長、梅澤隊長、玉井村長、金城さん、宮城の母娘さん、大江さん、宮里のご兄妹さんあたりですか。
 主な場所は2ヵ所。渡嘉敷島と座間味島。
 
 登場人物の立場
 赤松隊長は渡嘉敷島で、梅澤隊長は座間味島でそれぞれ隊長をしていたらしい。皆本中隊長は赤松隊長の部下であった。玉井村長は渡嘉敷島にある村の元村長。金城さんはそこの元住民らしき人。
 宮城さんの母上、宮里さんご兄妹は座間味島にいた。そして宮里さんの兄は兵事主任兼防衛隊長(助役)であった。宮城さんの母上は、この頃手記を執筆しており、それを基に娘さんが出版したらしい。
 大江さんは戦後に那覇で取材し、戦争を伝聞と資料を基に「沖縄ノート」を執筆。
 
 さて、各人名と「沖縄」で大体の情報は検索できますので、そこは省略。
 
 今更問題があがった理由に関して、「誰も口に出さなかった」という事じたい、二種類の受け取り方が仮説として取り出せます。
 1つ、赤松さんの遺志を尊重したため。2つ、何も表記に間違いはなかったため。
 残念ながら、当時、周囲をしっかり見渡せる大人なご年齢で、直接命令があった事を聞いた方がなく、その逆は当事者のみである。故に、強制、またはそれに準じた事が実際にあったかどうかを判別できた「当時大人であった人」が皆本副隊長しかいない事が非常に残念である。これはお互いの証明をするにあたって、互いに不利益である。
 
 次に、「命令がなかった」と証言する者に関して。そう唱えた者は死直前だったらしき赤松隊長と、村長、そして皆本さんや隊長のご遺族、そして座間味島での宮城さんの母上が書いた手記である。これは言うまでも無いが、残念ながら言葉が証拠となってしまうこともあり、証明ができないのではないだろうか?(まぁ、悪魔の証明に近いですな。ないものを証明ですから。)
 ただし、手記を除く。これは彼の方が自決用に手榴弾をもらいにいった事に由来する。そこで断られたという経緯からであり、あくまでその事実とされている事以外は想像の範疇をでない。
 
 「命令があった」と証言する者に関して。主に渡嘉敷島の金城さんと座間味島の宮里さんである。
 金城さんがおっしゃった「皇民化教育の洗脳」。これに引っ掛かりがある。ここから推測するに、彼は元々は異国人であろう。故にその教育がどのようなものであったにしろ受けた事は事実であろう。ただし、元々からの日本人はどうなのだろうか?皇民化政策、教育というものは日本人にされるものではないからである。
 ここで、「日本人にも洗脳が本当にあったのか?」という疑問も出てくる。が、これも別件になるため割愛しよう。
 さて、彼の証言で一番まずいもの、それは伝聞系で「命令があった」と聞いた事である。直接ではないため、判断がしづらいのである。極限という状況に、少なくとも僕は幼い頃に溺れた時と高熱で死に掛けたこと以外で極限というものを意識した事は無い。故に極限とされる状態で、周囲が「極限状態にずっといるくらいなら・・・」と考えた上で嘘をついてしまうこともないのではないだろうか?無理矢理であることはわかっている。が、しかし、「生きて、虜囚の辱めを受けず」の「本当の意味」から想像し、さらに極限状態であれば絶対にないと、少なくとも僕は言い切れない。ちなみに、これは沖縄の戦を生き抜いた者を侮辱しているわけではない。僕は想像がつかないが故に可能性の有無のみを考えているだけである。
 
 宮里さんの場合、もっと事が複雑というか、わかりにくい。彼の兄が梅澤隊の兵事主任兼防衛隊長(助役)であり、彼の発言が基である。この発言に関して、調べる上で二種類の発言がある。「軍から自決命令が出ている」というモノと、「軍から玉砕命令が出ている」の二種類。自決であれば沖縄側の主張になるが、